バカ者のわたし

バカ者のわたし

「そうそう、バカバカって怒るなよ」

週末の夕方、夫に嫌な顔をされて私はびっくりしてしまいました。そのときは末っ子がいつもの通り「ひっくり返すと大変だから、ジュースはテーブルに置きなさいよ」とさんざん注意していたにもかかわらず、ゲームに夢中で言われたことをやらずに側においていたコップを倒してオレンジジュースをこぼしたので、私が怒鳴っているところでした。

夫が言うには、私は朝から何かというと末っ子を叱るときに「バカッ」ってくっつけている、というわけです。

そんなつもりはなかったのですが……。

でもそう言われて意識してみると、確かに私はバカということばを乱発しているんですよ。何も怒鳴ることばっかりではなくて、「バカじゃないの、あんたは。よく見てごらん」と宿題の最中に言ったり、「ほんっとにもう、バカも休み休み言いなさい」とロクにデスクを片付けもしない末っ子が新しいデスクが欲しいなどとほざいたので言い返し、何か別のことをやってて気がとられたのかドアに額をぶつけた末っ子に向かって「バッカねぇ、ちゃんと前見て歩きなさい」……。

正直、悪口というか、深い意味があって「バカ」を連発しているつもりはありません。どちらかといえば枕言葉というのか、何か口調のなかでつい「バカ」がついてきちゃうといった感じなのですが。

でも、端で聞いていてあまり気持ちのいいものではないかもしれないなぁと反省しました。

よく関西では「アホ」、関東では「バカ」と言い、その加減が関東ではアホと言われると傷つくが、バカは普通に使うのでさほどへこたれないみたいな言い方をされますね。

でも、友達同士でもなく、親子という、今のところはかなり一方的に親のほうが高い場所から物言いをする条件上で、「バカ」の連発はいただけませんな。

明らかに子供をバカにしている。それこそ、バカもんです。

それでその後は気をつけています。

意識していると、かなりバカと言わなくはなりますね。というより、いかに調子というか、勢いで「バカね」とやっていたかがわかりました。

それでもマインドコントロールじゃありませんが、やっぱり親からバカバカ言われて育つと本当にそう思うようになってしまうかもしれない、子供の自尊心も傷つくだろうとは思います。

人に言われて気付いたあたりが、ある意味、ほんと、私が一番バカ者だったってことですが……、今後は特に気をつけていきたいと思います。

都会の川

どういうわけか、川に縁があるらしい。

うまれ育った場所は都内ではあるけれど、近所に川が流れていた。かなり大きな川だけど当時はまったく汚くて、ときおり酔っぱらいが落ちたとか、不法廃棄があったとかで警察官が出動していることがあった。

それでも毎朝、川にかかった橋を渡って小学校にかよっていたので思い出深い。私はそこに高校生まで暮らしていたが、高校生になった頃にはなんだか知らないが都がやっている「浄化キャンペーン」が功を奏したらしく、だいぶきれいになっていた。失恋した時に橋でたちどまり、のぞきこんだら紅色の模様の入った大きなコイがいたので驚いたのも記憶に残っている。

そして私は大川をわたってお嫁に行った。

ひと昔前は「川向こう」といって、ちょっと都落ちの感覚があった(笑)

でも、隅田川沿いは今はきれいに護岸されて、あまつさえ場所によってはリバーサイドという英文字がついた雰囲気になってデートスポットになっている。

夏場にはライブが行われたり、川沿いに臨時のビアホールや洒落たカフェなんかが出没してけっこうなものだ。

だけども、私は長い間、川縁に住んでいる、暮らしているという意識はなかった。

たまたま、末っ子が産まれてしばらくの間、それまでになくのんびりとしており、川沿いを赤ちゃん連れで散歩するようになって、「そういえばいつも川のそばに暮らしているけど、全然そんな気がしないのはなぜだろう」と思った。

例えば温泉で渓谷の川縁の宿などに行くと、「ああ、川の流れがすごいなぁ」などと思いながら森林浴を楽しんでいたりするのに、これほど大きなゆうゆうとした川を側に持ちながら普段はほとんど意識に入ってこない。

ああそれは、とある日突然気付いた。

都会の川は音がないから、だ。

そういえば毎年行く千葉のリゾートホテルも側に大きな河川があるのだが、流れはゆったりとしているけれども、やはり川縁の音がある。せせらぎというにはもっと違う種類のものだが、水の流れいく音がする。渓谷の川はもっと急流で細く、一晩中流れの音が耳につくものだ。

都会の川は音がしない。大きな遊覧船が通っても静かなものである。街並の喧噪はこれほど耳に入って来るのに、川は静かで、存在を消しているようだ。

ごくたまに、思いついて橋の欄干に身を寄せて川をのぞきこむと、なぜだかホッとする。

音がない川が、私に安心感を与えてくれているようだ。